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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

現代社会が幻想郷を滅ぼす場合

 夏の暑い日。もう九月になったというのに夏の用に暑い日。そんな日でも好んで外に出るものは居る。
 今中年の夫婦が山を歩いている。夫婦が今居るところは人の多い都市から遠ざかった、山がたくさんある地方。
 夫人の方は足腰が弱いのか、主人について行くのが精一杯な様子。
 暑い暑いと愚痴をこぼす主人は夫人を待ちながらペットボトルのお茶を飲み干す。
 夫人に「お茶残ってないか?」と聞くが、汗を拭きながら追いつこうとする夫人に返事をする元気が無い様であった。
 主人が「休憩にしよう」と声をかけて、苔の生えた木組みの椅子に座って待とうとする。そのときだった。主人が何かに気付く。
 獣道の様になっている横道の先に、紅いものが見えることに。
 ようやく追いついた夫人にここで待ってと言い、主人はその先へ足を踏み入れる。
 その横道はとても暗く、特に木の生い茂った道だった。
 蜘蛛の巣を追い払いながら、むき出しの木の根っこに足をひっかけながらも先を目指す。
 その先で見つけたのは、苔の生えた鳥居だった。色も落ちている。鳥居をくぐった先にあるのは、古ぼけた神社であった。
 主人の冒険心に火がついたのか、主人は夫人のことも忘れて神社を探検しだした。
 開いた窓。適度に手入れのされた庭。桶の湿った井戸。干された洗濯物。
 主人はこんな神社に人が住んでいることが嬉しいのか、ポーチにあるデジタルカメラで写真を撮った。
 その音に気付いたか、神社の住人が玄関から出てくる。そして主人は巫女姿の少女を目撃した。


 それが始まりだった。
 その日登山をして巫女の少女と出会った主人は、雑誌のルポライターを務めていた。
 主人は早速巫女少女のこと、博麗霊夢を記事にした。雑誌編集長はおもしろ半分で記事にすることを許可した。
 雑誌の表紙に写真を載せ、八ページの特集を組んでみたのだ。「秘境の奥で巫女として生きる少女」というタイトルで。
 最初は一部の人間に受けた。ゴシップ記事やオカルト記事を好む者達が目を付けた。次に民俗学に興味を持つ者達が目をつけた。
 巫女に関する記事についての問い合わせが雑誌出版社に殺到した。
 雑誌編集長はおもしろがって、次号で詳しく場所を書いた地図を載せた。
 それが最悪の事態を引き起こす引き金となった。
 心霊スポットに好んで足を運ぶ者達が、ルポライターの次に神社、もとい博麗神社へ行こうとした。
 博麗神社の先に関する記事が来月上旬に発行されるのだが、その者達は待ちきれなかったのだ。
 それが不味かった。
 神社の先に広がる幻想郷という世界。その世界を管理していると言っても過言ではない妖怪八雲 紫はこの者達を神隠しにした。
 自分が住むこの土地を汚されるのではないかと思って。
 報道機関はこの者達を「遭難者」と世間に知らせた。
 インターネット上では早速噂が作られた。「神社を探しに言って、神隠しに会ったんだ」という噂。限りなく事実に近い噂が。
 そのうち数々のゴシップ記事を扱う雑誌らがこぞって博麗神社のことを記事にした。
 やがてテレビにも少し取り上げられ、小さくはあるが一種の流行になりつつあった。
 増え始める訪問者。本当に見に来るだけの者に対しては霊夢が追い払ったが、一部の横暴な訪問者に対しては容赦なく消していく紫。
 行方不明者が二桁ともなるとさすがに世間は騒がずにはいられない。

 あるとき警官二名が神社を調査しに来た。霊夢はごく普通の態度で警官と接したが、神社から先へは行かないでと注意した。
 勿論それは最近増えた、幻想郷から見て外の人間の訪問者達を考慮してのことだ。
 警官らは霊夢の注意を無視しようとした。霊夢に「妖怪が居るから」と言われても耳を貸そうとしないで。
 紫は警官という者がどういう立場に身を置いているか理解していたので、この警官二名を消し去った。
 これがさらなる波紋を呼んだ。
 何人もの遭難者が相次ぐ中、警官までも遭難となっては、と警察による本格的な調査がなされ始めた。

 十数人の警官らが博麗神社に押しかけ、霊夢は何事かと慌てて警官らの前に飛び出した。彼らを止めようとした。
 警官らは彼女を無視して神社の奥、里が見える方向へ歩き出した。
 「行ってはダメ!」と警官らを抑えようとして逆に取り押さえられる霊夢。
 そのときだ。紫が警官らの目の前に姿を現した。結界の綻びから出てくる様を見て、警官らは腰を抜かせた。
「これ以上進むことは許さない。すぐに戻りなさい!」
 数人の警官らは我先にと逃げて行った。
 腰を抜かしたうちの数人の警官らは宙に浮く紫に対して邪魔するのであれば、と手錠を見せた。
 動じることなく、警官一人を見せしめるように軽く手を捻らせて撃ったレーザーで撃ち殺した。
 腰を抜かせていた警官らは皆逃げていく。紫に立ち向かっていこうとする数人の警官が銃を抜き、紫に対して警告をした。
 その警告をした警官らの内一人を素手で持ち上げ、首を握り締めて絞殺した。
 まだ生き残っている警官らが一斉に銃を引き抜き、彼女の脚へ向けて引き金を引いた。
 だが銃弾は彼女の周りにある隙間結界に吸収され、警官らは成す術もなく殺されていった。
 その後紫は逃げていった警官を追いかけて皆殺しに、騒ぎを収めようとした。
 霊夢はこの有様を見ているしか出来ないでいた。

 だが甘かった。
 最初に神社を記事にしたルポライターがこの日警官がやって来ることを知っていて、一部始終を見ていたのだ。
 そのルポライターの存在に気付けなかった紫はルポライターを逃したのだ。
 後日ルポライターは記事を書きとめたが、その日仕事を終えて自宅に帰る途中のルポライターを紫は消し去った。
 雑誌編集者は急いで博麗神社で起こった出来事を特別増刊号として発行した。
 紫が慌てて雑誌編集長も消したが、こうなってはもう止められない。
 地元警察らが山を封鎖しようとも、柵を乗り越えて神社の取材をしようとするマスコミ関係者が後を絶たなくなる。
 殺しても殺しても神社へやってくる人は減らない。
 それどころか逆に騒ぎが大きくなる一方で、国会では首相が自衛隊を派遣することを決めた。
 
 とうとう戦争が起こった。
 自衛隊員達と妖怪らとが争う事態が起こったのだ。
 しかし霊夢が真っ先にこれを止めようとした。
 警官らに交渉し、自分らの住んでいる領域をこれ以上侵さないでくれとお願いした。
 自衛隊員らは困惑しつつも、紫が現れれば皆銃を構えた。
 そして最悪の状況へと発展する。
 争いを鎮めようと自衛隊員らの前に飛び出た霊夢は、それに驚いて引き金を引いた隊員の銃弾を受けたのだ。
 打ち込まれた一発の五.五六ミリメートル弾は霊夢の胸を貫き、命を奪った。
 引き金を引いてしまった隊員は我に帰った。すぐに霊夢に傍へ行って謝罪しようとした。
 この行為で紫の怒りは爆発した。大きな境界の隙間を発生させてその場にいた自衛隊員らを全て飲み込んでしまった、かに見えた。
 境界の隙間は彼らを飲み込む直前で消えてしまったのだ。
 状況を把握できないでいる紫と、自衛隊員達。もう一度隙間を作ろうとして、今度は何も起こらなかった。
 博麗霊夢が死亡したために博麗大結界の力が失われ、幻想郷に関わる全ての者の力も失われたのだ。
 破れかぶれで自衛隊員らに殴りかかった紫。妖怪としての肉体までは失われていないのか、純粋な力だけは残っていた。
 それを武器に自衛隊員らをなぎ倒していく紫であったが、多数の銃弾を打ち込まれると途端に元気を失った。
 妖怪として、人間離れしていた肉体すらも衰えて始めたのだ。
 空を飛ぶことも、隙間に隠れることも、弾幕を作ることさえも出来なくなった紫は最早普通の人間と変わらなかった。
 やがて八雲 紫は抵抗したものの、脚を撃たれて拘束された。
 このまま何も出来ずに人間社会へ引きずりだされるぐらいならと、その場で舌を噛み切って死んでしまった。
 戦争、というより一方的な略奪が始まったのだ。


   ※  ※  ※


 私は霧雨魔理沙だ。人間の魔法使いだ。近頃風邪を引いていて家を出られないでいる。
 最近妙な噂を妖精から聞かされる。巫女が死んだと。霊夢が死んだ? そんなバカな話あるわけがない。
 そう思っていた。
 だが熱の残る体を無理に起こして外へ出てみれば何ということだ。
 迷彩柄の服を着た人達が玄関の前に立っているのだ。
「君、この家に住んでいるのかね?」
 三十台ぐらいのおっさんが私に話しかけてきた。おっさん以外には二人、同じ格好をしていた。銃を持っている。
 香霖のところにある本で見たことがある。この格好は軍隊というものだ。
「丁度この家を調べようとしていたところだ。君の他に住んでいる人はいるかい?」
「い、いや、この家は私のだ」
「ひ、一人暮らし?」
「ああ、そうだ。私は今風邪気味なんだ、帰ってくれよ」
「それなら病院まで送ってあげるよ。角を生やした不気味な人もいることだ、君を保護したい」
「は? 角を生やした人間って誰のことだ?」
「さあ……名前までは。妙な瓢箪や鎖をぶら下げていた様な……」
「おい! 萃香に何をしたんだよ!」
「え? あいつは凶暴な化け物なんだ。そのせいで3人も……いや、何でもない。とにかくここから逃げるんだ、おじさんと一緒に来てくれ」
「嫌だ! 手を放せよ!」
 おっさんの手を振りほどき、箒に跨って逃げ去った。頭が痛い。体がだるい。吐き気がする。無理をして、博麗神社へ向かう。
 だが神社は酷いことになっていた。取り壊され、たくさんの迷彩柄の人間がいる。
 霊夢は無事なのか。私は意を決して降りた。
「な、何だ何だ! 女の子が空を飛んでいるぞ!」
 大人達が何か喚いているが無視した。その大人達の中でも一番奥にいる、一番偉そうな人に会うしかない。
「霊夢はどうしたんだ!」
「……れいむ? ああ、巫女の女の子かね」
 その偉そうな人は少し小太りで、迷彩柄の服ではなくスーツを着ていた。眼鏡をかけた、暑苦しそうな奴だ。
「霊夢はどこなんだ! お前らは一体何なんだよ!」
「彼女なら、死んでしまったよ」
「……は?」
「誤って、殺めてしまった。謝罪してどうにかなることではないが……」
「ちくしょう、お前ら何か死んじまえ!」
 箒に跨って空高く飛んだ。多数の大人達が私を見ているに違いない。
 八卦炉を構える。霊夢を殺しやがったんだ。こいつらがやったんだ。
 こいつらが寝ている間に無茶苦茶にしやがったんだ。だったらやり返してやる。
 そう思っても、行動に移すのは難しかった。相手は私と同じ人間だ。それに私に対しては危害を加える様子も無かった。
 私はとりあえずこの場は逃げて、霊夢が死んでしまったという事実を整理したい。

 人里にも迷彩柄の人間がわんさか居た。降りるに降りられないでいるとき、私は見つけてしまった。
 血を流して倒れている慧音を。その周りには里の人がたくさんいる。迷彩柄の人らと争ったに違いない。
 様子から見ると、彼女も殺されてしまったのだろう。
 迷彩柄の人間らは外の軍隊だ。きっと幻想郷を乗っ取ろうと考えているのだろう。
 だがそれならおかしい。慧音は半獣だ。あいつは半分人間じゃない。その慧音が簡単に殺されるなんて、想像出来ない。
 私はぶちまけたい怒りと悲しみを抑えながら、病んだ体を引っ張って紅魔館へ急ぐことにした。
 その紅魔館もすでに軍隊の手が入っているのか、迷彩柄の人間達が出入りしていた。
 窓は割れ、壁にはヒビが入っている。外には何人か倒れている者もいる。
 その中に門番とメイドの姿があった。二人ともぐったりしていて、動いていなかった。
 きっと中にいるレミリアらも無事ではないのだろう。
 もうおそらく冥界ぐらいしか逃げられそうな所はないのだろう。あそこはさすがに辿りつくことが難しいだろうから。
 下の方で突然騒ぎが起きた。見てみると、緑色の服を着た奴が暴れてる。妖夢だ。
 私は考えるよりも先に、その場へ急いだ。

「おい妖夢!」
「魔理沙! 助けてよ!」
 刀を振るって、迷彩柄の大人達を斬っていく妖夢。妖夢の立ち回りに向こうが怯んだか、大人達は逃げていった。
「助けるって、私が何かするまでも無かったが……。なあ、一体どうなってるんだ? 霊夢が死んじゃうまうなんて」
「霊夢だけじゃないわ。紅魔館の連中や、この里も……永遠亭の方もじき危なくなるわ」
 遠くの方では里の人達が迷彩柄の人らについていっている。
「あれは何だよ」
「ここの人らを皆外へ運び出すんだって」
「何でだよ! 私らはここに住んでいるんだぞ!」
「知らないわよ! 慧音は殺されてしまったし、妖怪の山さえもう……」
「おい、今なんて言った?」
「妖怪の山もダメ。あの迷彩柄の人らに制圧されてる」
「……なんでだよ。意味がわかんねぇよ。あいつら無茶苦茶強いんだぞ? 山には天狗だっているし、早苗だって人間にやられるはずが」
「知らないけど、私もおかしい。全く弾幕が出ないのよ。おまけに空は飛べないし」
「え? 私は飛べるぜ?」
「魔法だからじゃないの? 難しいことわからないけど」
「……」
「とにかく、私は帰れないから困ってるんだけど……良かったら送ってよ」
「悪い、出来そうにない」
「なんでよ?」
「あいつらにギャフンと言わせないと、気が済まねぇんだ!」
 地面を蹴って、箒に跨った。飛べる。まだ私には力が残されているんだ。
 迷彩柄の大人達が見えてきた。こいつら全員皆殺し、は出来ないが痛めつけてやれば帰ってくれるはずだ。
「魔理沙!」
 私を呼ぶ声がした。後ろを向けば物凄いスピードで走ってくる妖夢。
「私にも手伝わせて! こんなこと、許されない!」
「ああ! 二人で突っ込むぞ、あいつら皆追い払うんだ!」
「ええ!」
 だが簡単には出来なかった。私が魔法を飛ばすよりもずっと早く、銃弾は飛んでくる。
 私が見ている目の前で妖夢が撃たれてしまったのだ。
 走ってる最中に転んで、倒れて、動かない妖夢。呼んでも返事はない。喉から血が出てる。押さえても血は止まらない。
 揺すっても動かない。動くことはない。だらんとぶら下がった手は持ち上げても垂れていた。
 前を向けば迷彩柄の大人達が向かってくる。
「くそう、お前ら絶対許さないからな!」
 そう叫んで八卦炉を構えたところで、力を失った。体に力が入らない。
 銃声がした気がする。真正面に銃を構えた迷彩柄の大人が見える。
 私は、気を失って倒れたらしい。



 私は誰なんだろう。わからない。何も覚えていない。頭に何か巻いてある。よくわからない。
 すごく静かな場所にいる。大きな布団の上にいる。ベッドだ。白い。
 壁も白い。部屋全体が白い。ここはどこなんだろう。わからない。頭が痛い。
 部屋の外に出てみた。体の節々も痛いけど、がんばってみる。
 テレビが置いてある。広間に置いてある。何か言っている。たくさんの女の子達が写っている。幻想郷? よくわからない。
 白い制服の人達が大騒ぎで私に近寄ってきた。私はわけもわからず、逃げ出した。
 するとどうだろう、白い制服の人が追いかけてくる。一人、二人と増えていく。
 急ごう。よくわからないけど、私はあの人達に捕まってはいけない気がした。頭が痛い。
 階段を上っていく。白い制服の人も追いかけてくる。その先にあるドアを開けると、屋上に出た。
 明るい。昼なのだろう。思い切りドアを閉めた。どこかに逃げたいと思い、私は緑色の高いフェンスをよじ登ることにした。
 白い制服の人達はドアを開けて飛び出してきた。私は足を掴まれたが、何とか振り解いてフェンスを超えた先に降りた。
 下を見れば物凄く高いところにいることがわかった。足がすくんで、動けなくなった。
 後ろを振り返れば白い制服の人達が凄い形相でこっちに来なさいと叫んでいる。
 頭が痛い。何か思い出せるような感じがする。私は何かしようとしていた気がする。
 そうだ、何かすべきことがあったんだ。だから逃げようとしているんだ。こんな所から逃げないと。
 フェンスを登りはじめた白い制服の人にバイバイして、私は飛び降りた。
 でも何をしようとしていたんだろう。何かを守ろうとしていた気がする。
 霊夢。何。何の名前? 咲夜。誰? 誰かの名前? 妖夢。聞いたことがある……何だろう。
 よくわからないし頭も痛い。地面も近いし、もう何でもいいや。
 とりあえず、皆のいるところに行くね。

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